2006.5
2006.5.1
月曜日
月が変わるとがぜん暖かくなり、昼間の陽気は暑いくらいになる。蚊まではさすがに出ないが、突然夏になった感じだ。午前中は自動車の登録。ナンバーが変わった。
制作に向いた気候だ。教室の窓を開けっぱなしで過ごす。夜の空気の匂いも夏を感じさせるような、陽の残照、湿り気が漂う。3,4月の手続き等の慌しさで忘れていた、教室の空間での生活と制作の一体感。不意に、夏は山に行きたいと思った。式まで一週間。
2006.5.2
火曜日
連休はマンションで制作だ!穏やかに晴れた日。午前中、また岡崎に用事があり、ついでにGary Numan「THE PLEASURE PRINCIPLE」を買い、帰路の車中で聴く。インドの人物作品。夕刻になると西日が入り、ロールスクリーンか、ブラインドが必要と感じたり、まだまだこの画室が完全にフィットするには時間がかかるか。しかし日中、午後、夕食後、就寝まで終日、筆を動かしていると落ち着く。本当に燃焼するのは大作に取り掛かるころだが。
2006.5.3
水曜日
予定ならば、明日は今年度最初の伊豆。天気は昨日よりすっきりと晴れているが若干気温が低めだ。1日画室でインドの作品を描く。
2006.5.4
木曜日
今年度、念願の伊豆取材だ。出発前は正直準備が整ってなかったが、思い切って行って良かった!出発が夜11:30。
 いい天気だった。睡眠時間が足りないため、朝は本調子ではなかった。しかし、石廊崎の現場に降り立ち、南を向いた、灯台下の斜面を描くに及んでこれはいけそうだと直感する。五感に活を入れることが出来た。石廊崎は遠い!しかし此処まで来なければ、何故か駄目なのだ。繊細ながら、粘りのある自然の細部、壮大な生命力の総体、海と陸の世界の壮大さ。現場は若干風が強い。しかし寒い訳ではなく、むしろ、現場取材は今までのようにハイライトを夏場に設定するのではなく、程ほどの気温の5,6月がいいなと思った。秋も良いのだが、夏に向けて自然の生命力が増していくこの時期を逃す手はない。岩と斜面ばかり見ているのではこの場を見ていることにはならないので、崖から海を見下ろす。海に囲まれたこの場所を体で感じるようにする。
対象からの角度、距離を変えながら、いろいろ観察し、そして描く。動き回り、描く中で、たい積した滓が取り除かれ、ポジティブになっていくようだ。昼過ぎまで石廊崎の岩の上に居て、午後は奥石廊崎。優しい黄金色の萱の草原が大きな斜面に広がり、海まで続く。駐車場脇にスペースを決めち、そこでも制作。そして、夕刻、中木へ抜ける塚原トンネルの出口脇の空き地から山を描く。思えば山ばかり描いていた。
 1日の締めくくりに、2004年に取り組んでいた、奥石廊崎の現場に降りた。松林の香りと、草の香り、日が傾くとともに思い出される、体に染み込んだ太陽の匂い。海原に輝く夕日。やはりこの場所は別格だと改めて感じた。この場所に立つと、自分と感覚が浄化されるのを感じる。壮大、雄大、繊細、清澄。あの1年間では、この風景を表現しつくすことはとても無理だった。2004年度制作の、奥石廊の断崖では、自分はあまりに強い調子の色を置き過ぎたようだ。眼の前の自然は、もっと繊細で微妙な色の連続だった。もっと素直に自然を観よう。そしてすぐそばの萱の岬の丘に登る。緩やかな斜面が心地よい。
帰りは東名が下り若干渋滞。ようやく富士川SA。ここから先は渋滞はないみたいだ。だが眠くて目がくっつきそうなので、少し寝た。自宅に着くのは12時過ぎくらいという計画。しかし、眼が覚めたら4時。急いで豊川まで走る。岡崎より伊豆が近いことを実感する。土産に入浴剤を買った。なかなかはかどった。大仁、石廊崎と奥石廊崎で合計水彩F6を4枚。まずまずの手応え、成果といえようか。
2006.5.5
金曜日
午前中はデジカメの画像の整理、更新。午後から豊橋の動植物公園へ出かける。好天だが、国道1号線は渋滞。熱帯の花などなかなか良い。休日らしい休日だ。
夜、画室でスケッチを整理したり、ロケ地について調べていると、体が伊豆を覚えているらしく、わくわくと元気になってくる。早くタブローに取り掛かって、現地に行きたい!ネットで資料を読んだり、自分の体験を咀嚼しているうち、ますます深々と伊豆の大自然が迫ってくる気がしているのだ。また、この地は海ばかりが自分の中で大きく扱われていたが、もっと多様に肩の力を抜いていろいろな自然の姿を見てみようという気になってきた。この初夏のうちが勝負だ。真夏は光線と暑さが強烈過ぎて、自然の持つ、もっと繊細な部分が感じ取りにくいだろう。
更に、手を休めて伊豆の岩塊のデッサンに見入る。ここまでやってきた、夜の東名を走り、朝の天城山中を駆け抜けた道中の過程が、この岩と海のせめぎあう光景に厚みを与え、対象を見つめる自分の視線を強いものにしている気がする。この期に及んで、特に目立った驚きがあるわけではない。しかし、インドで私がそうであったように、新しい驚くべきものを観たい、そう逸る気持ちを、もっと大きな存在感でほぐし、自分をより自然な状態にしてくれた。明日はいよいよ現実の式に向けてあわただしく動く。
2006.5.6
土曜日
朝、マンションの窓から空を見る。うす曇の朝。明日は式だ。どうなるか。どうせ降るならば今日のうちに降って欲しい。来ていただく方々に楽しんでいただけるかが気がかりである。午前中から岡崎の実家と教室に行く。教室を間借りしている伯父と伯母に挨拶。特に伯父には乾杯の音頭をお願いしている。「明日は生憎の雨みたいだね。まあでも降りこみ=振込みと言って、縁起がいいんだよ。」と伯母が慰めてくれる。うーん、確かに晴れの方が出だしとしてはベストだよな。しかし明日になってみなければわからんぞ、と最後まであきらめないのだった。
 式の会場に作品を飾ることになっているので、教室と実家のアトリエで作品の整理と選定、車に積むまでをやる。夜に作品を式の会場に搬入。キャプション、プロフィールを作ったりと、就寝は2時近くになる。
2006.5.7
日曜日
 今日は結婚式!朝から雨。未だ、ろくに心の準備も整わないうちに、ついにこの日が来た!冬から徐々に自分が調子を戻しつつあるのは感じるが、まだ100パーセントの状態ではない。2006年の新しい舞台を、自分はまだモノにしきって演じきってはいない。しかしこれが現実なのだろう。環境が変わり、解決すべき仕事、課題問題の渦中にあり、自分はある過程の途中にあるのだと実感するこの頃。本来ならばこうした式は晴天で清清しくいきたいのが普通であろう。しかし今日を雨で迎えるのも現実だ、だから現実に対して理想など過度に期待せず、今ここにあるものを大切にして出発せよと。準備を待っていたら機会を生かすことはできない。精一杯今日一日を努めようではないか。

 相方が実家方面から花を持ってくるのをマンションで待つ間、身なりを整え、準備、何を話すかを考えながら過ごす。今のテレビでは、先日撮ったAVIATORが流れる。
 朝8時ごろ合流し、私の車で岡崎へと向かう。なんか自分の式ではなくて、仕事をしているか、夢を見ているみたいだった。

 イーゼルに作品を飾り終わり、着替えも済ませ「新郎になる」。とりあえず準備は整った。列席者の方々をお迎えする。黒い礼服の肩が雨に濡れているのを見て、申し訳ないなと思いつつ、来て頂き、お招きした以上はしっかり役割を務めて楽しんでもらいたい。センターや教室の生徒さんも見に来てくれた。久しぶりに会った友人と旧知を暖める。
 間もなく、2人だけの写真撮影、そして集合写真へと続く。そして否応無しに、新郎新婦入場(!)の瞬間が来る!さあ本番だ。
 新郎からの皆さんへの挨拶。短く簡潔に滞ることなく終わるが、自分が固いのが分かる。そして周りにも分かるようだ。学校での授業のようにでかい声は出ないね。学校で緊張しなくても、こういう場では少しも慣れる事はないじゃないか。いや、慣れてはいけないのだが。こういうパーティは柄ではない気がする。今日は自分が主役のはずなのだが、ね。人前に出たからというより、人生の節目に立っているのだから失敗してはならないという気負いなのか?まあ、歓談の時間になってだんだんとほぐれてはきたのだが。テーブルをお酌しながら挨拶して回る。初対面の方々のテーブルに挨拶に伺うのはなんでもない。むしろ楽しいものだ。
 相方も多くの友人、生徒に囲まれて嬉しそうだった。彼女にとって、今日の披露宴はやはり晴れで迎えたかったろう。どんな披露宴だったろう。
 友人と話したり、場内を巡回したり、お酌、エスコート、ケーキ入刀(食べたかった…)、花束贈呈、2時間半があっという間に過ぎた。自分の食事は全部は食べられなかったが、まあこれは役割上仕方ないだろう。
 感想は、え、もっと続きはないの?というのと、あ〜終わった!っというのと両方だ。楽しかった。ともかく外が雨ということはすっかり忘れて時を過ごした。繰り返すが夢のようだった。
 
 雨の中、疲れている所、搬出をお願いし、友人達の貴重な助けを得、搬出、撤収作業は特に支障なく終わった。新郎の席から見た、談笑する友人の顔を見て、人の縁の永さ、重さ、ありがたさを感じる。高校からの友人のO君、幼稚園の時から知っているNちゃん、その夫の、これまた付き合いの長いS君。スタッフの方々に挨拶をし、会場を出る。
 
 下呂温泉へ向かう。大変な雨になった。中津川方面への接続がよくわからず、刈谷のオアシスに行ってしまう。まあそこで休憩して、折り返して山中を目指す。途中眼がくっつきそうなくらいに眠くなり、運転を交代する。助手席で大変疲れが出て、もうぐったりだった。お世話になった方々へのお礼、楽しく時間を過ごしてもらえただろうかといろいろ考えて、まだ体から緊張が抜けきらない。体重が1キロは減ったような気分だ。
 
 夜は温泉で寛ぐ。初夏の雨の中、山の香りが心地よい。
皆様の支えで無事終わりました。本当にお世話になったし助けられた。豊川の仕事場も大体整ったので、ぶらっと気楽に遊びに来て欲しいものだ。ではまた教室で、各自制作頑張りましょう。
皆さんありがとうございました。

2006.5.8
月曜日
下呂温泉へ旅行2日目。高山へ。天気は幾分柔らかいながら、晴天。午後の日差しが強く、気温が高くなった。式、旅行の中で、あくまで自分の側からの感じだが、二人の間がまたひとつ近くなり、楽になった気がする。今までも、十分自然だと思っていたのだが、更に落ち着きと言うか、自由と言うか、何か加わった気もする。ああ、本当にこれが出発点なのだな、鋭く直感したわけではないが、彼女に向き合っているのは自分なのだなと改めて感じるようになった。じわりじわりと環境と心が整いつつあるようだ。目の前は解決すべきこと、先行きの見えなさ、不安に近いものがある。ひとつひとつ逃げずに取り組むのに尽きるのだ。お互いの細かい違いにコツンコツンと当たりながら、お互いにふさわしい方法をこれから探っていくのだろう。それにしても体重がやばい。
2006.5.9
火曜日
昨日とは打って変わり、山の心地よい湿り気を含んだひんやりする雨天で夜が明けた。双方職場への土産を買い、途中寄り道をしながら帰る。双方の実家と近所、親戚へ挨拶まわり。今までお世話になっていながらご無沙汰していた親戚の伯父(叔父)伯母(叔母)。そして相方の実家へ挨拶。小雨に煙る新城の山々はやはりいいものだ。
相方は「明後日から勤め。現実に帰りたくないな〜」と。
なに、明日もゆっくりできるさ。
2006.5.10
水曜日
午前は2人でゆっくりと買い物。昼食がてら豊川稲荷の門前を散歩し、入り口近くの和食の店で過ごす。外を歩いていると汗ばむくらいの陽気だ。住んでいる場所からこんなにも近くに名所観光地(?)があるとは。さすがに歩いてくるには少し距離があるのだが、古い喫茶店、味噌,醤油屋、古い町の懐の深さを垣間見た。
帰ってからは画室にて作業だ。
2006.5.11
木曜日
午前は東部市民センター絵画の講座。この地域では以前は受講者がほとんど変わらない顔ぶれだった。岡崎市と額田町が合併して、新しい初心者の方々が増えた。そのせいもあり、プリント等で基本的な解説をみっちりやり、静物デッサンに取り組んだ。
何年も油彩画で経験を詰まれた方が多いこの教室なのだが、いつもどおり和やかな中にフレッシュな緊張感も感じた。早い人はF80のキャンバスを持ち込み、秋の岡崎市民美術展にむけて始動!
午後は教室。主婦のAさんWさんが一緒に制作。いままでWさんは実家のアトリエで指導していたのだが、こうしてお互い集中し、良い刺激を与え合い、また休み時間には楽しく話す。濃い中身の時間だ。夜はY君兄弟にO君が合流、遅くまで、制作、議論。帰宅は12時過ぎた。
2006.5.12
金曜日
2週間ぶりの学校。3年生のデッサン。長居はせず、授業を終えて早々に岡崎の自主クラブの授業へ向かう。結婚式の振込みも終え、後は写真が仕上がるのを待つばかりだ。実家でF100S50の支持体作業、あわただしく豊川に向かう。
今晩はすき焼きだ!松阪肉が家に届いたのだ。ネットでいろいろ調べてレシピを調べた。どこも微妙に違う。わりしたを作って材料を焼いた後に加えるやり方(関東風)の方が分かりやすかったのでそちらを採用した。水を加えたり加えなかったり、材料の比が少しずつ違ったりしたので間を取って、このくらいだろうと推測しながら作ったのだが、いつもの実家のすき焼きより濃い味になった。しかし美味しかった!もち麩、太葱、しらたき(結んであるやつ、ぶなしめじ、生椎茸)、牛脂。実家ですき焼き用の鉄鍋を借りようと思って探していたら捨ててしまったようで、フライパンで代用。カセットコンロで卓上でいただいた。また食べたい!味が濃い目ならば、良い肉は100g買っておけば良いので、後は安い普通の肉でも何とかなるじゃないのか、たっぷり食べたいしと思った(ケチか?いやいやそうではない。)。
テレビではダヴィンチの特集。
2006.5.13
土曜日
午前中は絵画入門。学校も講座もデッサン。伊豆の取材のスケッチ。崖のエスキースを描く。Y君兄弟はテンペラ。X君制作中にはじける?!(誰のせいだ)
大学2年のS子も大学の課題に燃える。デザイン科なのだが、イラストレーションを中心に学習するクラスの様で、アクリルを主な画材として、かなりみっちり描写を要求されるようだ。周りが問題ではない。今の調子で自分の納得いくまで腕を磨いて卒業しよう。
2006.5.14
日曜日
天竜の秋山不矩美術館に出掛けた。洗い手触りの壁、石の床、気の質感が心地よい。今回は源氏物語の特集で、6月はインドの特集だそうだ。この作家がインド滞在で何を感じたか、人によってインドはどのような姿を現すかを見たい。私はインドにある種ギラついた生命力、細部を見ようとしたが、この人はまた違う世界を見ているようだ。今度の企画展にはまた行くつもりだ。帰りに浜名湖畔の蔵茶房なつめにて休憩。
 
 なお、唐突だが、このサイトを立ち上げた当初のデスクトップPCは販売店に修理を依頼中である。何度も同じ症状で(BAIOSの画面が途中で止まる)匙を投げていた。販売店の店員がその場でモニターに繋げば、即問題なく立ち上がった!「あれ〜変ですね。ちゃんと立ち上がりますよ。」「いや、うそは言ってませんよ!本当に仕事場では動かなかったんです!」「お客さん!分かってます。分かってますよ。でも変ですね。」何なんだこれは??そして、これはもう、部屋の(アトリエに設置、ここは母屋ではなく離れ)コンセントの電圧が低く設定されてしまっているのでは?ということになった。保障期間中であり、電源ユニットを低電圧下でも稼動できる設定にしてもらえることになった。ただ、1週間預かりたいとのこと。既存の部品を調整するのではなく、部品を交換するのだそうだ。家に帰り顛末を話したら「これで分かったよ。この前、洗面所の天井近くのコンセントにエアコンを取り付けたまでは良かったが、動かなくて、故障だと諦めた。電気屋さんに新しいエアコンと交換してもらっても駄目、これはコンセントの電圧だねと言われ、その場で調整したら動いたんだ。それと同じだね。」なるほど。では同じ部屋でのMac,DENONのアンプ(170×2W)は何故ちゃんと動いているのだ?
 ということで、このPCは岡崎の教室にて配属、稼動の予定となった。MacG4の隣り。無事に動きゃいいが。無事に動くことが分かったら、いろいろ増強していじってしまいそうだ(笑)。あとは、マンションの画室にMacが入れば完璧だ
2006.515
月曜日
教室で今日も皆さんの制作が続く。Wさんの絵が変わりそうな予感がする。今まではただ一通り描き上げて「完成」だったのが、どうしたら自分のイメージに近くなるか試行錯誤するように変わりつつあるようだ。
 来年3月の白日展用の作品の為のパネルを急いで作ることにした。豊川の画室のには、この前運んだ2002年に作った有色下地があるのだが、岩を追っていくのに偶然性を排してきっちりやっていきたいと思い、実家に眠っていたパネルに一から地塗りをすることにした。古い部材を補修する等通常より手間が掛かる。今週中には仕上げてマンションで制作を開始したい。
2006.5.16
火曜日
岡崎の実家にてF100,F50,S50,F30の支持体を作る。学生時代からの古い木枠を再利用してパネルを作った。そのため貼り合せた板との間をパテで埋めたり下準備が思いの他時間がかかる。幾度もサンダーで削り、布を貼れる状態になった為、急いで3枚に布貼りをする。入手した生地がなかなか良質で、一発でうまく貼れそうだ。麻布は大作に使える大きさの生地がなかなか手に入らず、画材メーカー筋のものは高価でロールで購入せねばならなかったり、ご丁寧に膠が塗布してあったりで、板に接着して使う場合には苦労する。今回はその点助かった。
 軽く雨が降り、天気が良くない為、親父が帰る間に実家のガレージで作業。朝から取り掛かったのだが、結局夕方までかかった。昼食と休憩がてら、窓辺で寝転んで外の空気を吸う。雨に濡れる木のベランダ。緑の多い庭越しに、初夏の湿った空気が入ってくる。素足に木の柱、床の質感も心地よい。10年ほど前、岡崎の北にある古い寺で絵を描いていたことがあった。それを思い出した。夏はこんな野の匂いのする山の中で絵を描くのも良いなと思った。
2006.5.17
水曜日
今日も支持体作業の続き。朝は焼きそばだ!(昨日の朝はチャーハンだ。寝ているときに無性に食べたくなったのだ)ありあわせの材料、鶏ひき肉、にんにく、ねぎ、卵、味付けは塩こしょうを基本に、ナンプラー、オイスターソース。

 午前中は画室で制作。午後少し遅くから実家にて作業開始。一度で済ませたいところだが、パテや膠等の乾き具合もみて進めなければならない。布は、気泡等見つからず無事貼れていることを確認し、糸屑、毛羽立ち、ごみ等を磨いて取り除き、地塗りをする。ほとんど1日中雨であり、ガレージで作業。明日、昼にまた実家に立ち寄り、磨きと第2層塗りの予定だ。

 晩御飯はグラタン。グラタンが食べたいとの希望で(初体験)、ネットで調べた。ホワイトソースをこねているとき、「なんだ、これは地塗りの塗料を作ってるのとそうかわらん」と思った。ダマにならぬよう焦がさぬよう小麦粉をへらでかき回しながら牛乳を少量ずつ混ぜる。多めに作ったせいか、いや、力のいること。練りこみテンペラ!まあ糊みたいなもんだからな。牛乳の量が増え、次第にソースらしくなっていった。ホワイトソースって、乳白色してたんだ。マカロニ、鶏肉、たまねぎ、マッシュルーム、えび、が今回の役者。
 なんとか焦げずに出来た。そして材料と混ぜ合わせ、オーブンで焼く。写真だとそうでもないようだが、これがどうして。なかなか美味かったんだ。振りかけたパン粉が焦げてしまったのだ。
 休憩の後、そしてまた制作して寝るのだった。
2006.5.18
木曜日
木曜の午前、センター自主クラブ。披露宴を見に来ていただいた生徒さんから写真をいただく。しかし…なんだこの自分…。なんだか顔が丸いぞ!そして生徒のIさんから重大な指摘。「先生、毎日奥さんの手料理なんだろうな、いいね〜。でも気をつけなきゃ駄目だよ。ちょいっと肥えたんじゃない?顔がふっくらしてきたよ。これ以上はもう駄目だよ。」ガーン…ヤバイ!しかし客観的に指摘してもらったのはありがたい。そうか、今の状況はここまできていたか。こういうのって、自分ではなかなか分からないものなのかといつも思う。いや、実は自分では分かっていても、人間の心理の働きは、状況を客観的に見えにくくしているのだろう。なんだか学生にいつも言う、「デッサンが大体取れたら、後ろに下がって自分の作品を見なさい。客観的に。」と同じじゃないか。友人も言う。「体が錆び付くと、心も錆び付きやすいから注意!」
式の写真が正式に仕上がってくるのが憂鬱になったぜ。リベンジしてまた改めて2人で撮りたい!自分が許せぬのだ。
2006.5.19
金曜日
午前は学校。元気な2年生相手にデッサン。学校と言う職場、空間はともかく、楽しそうに元気に制作する学生達に接しているのは本当に楽しい。異なる3種類の布の質感を、皺を作って描写した。さっと授業をし、作品を回収し、さっと帰るだけだが、教室から職員室への階段を上る途中、今までの堅いスーツと朝から終わりまでの講義が、この2001年から5年間、一種の制作上の跳躍台であったことに気づく。今年から絵とは違う方向の労力、エネルギーを、絵のみに方向転換したわけだが、環境の安定感から見ると、まだ去年までの体制から自分が完全に抜け切っていないことを感じる。
 
 バランスという事。相対立する事項の間に、バランスが保たれている状態。それを始めから想起し、その枠に万事無難に収まるように行動していたのでは満足のいく結果は得られない。そんなことは分かっていたのだが、人間は、現実の環境ごとにわざわざ自分がすでに知っているはずのことを思い出さねばならないらしい。何のことか?制作を中心に回っている自分自身の世界と、家庭生活のことを言っているのだが、自分のしたいことを突き進めばどこかで衝突が起こる。あるところまで進んだら一筆置き、日常の細かいことを思い出さねばならない。これは自分にとって本当に努力が要る。

 帰途に岡崎に寄り、しばらく顔を出してなかった画材店へ。教室で少し休み、実家ガレージにて支持体の完成か?と思われたが、天候不順で高い湿度のためか、地塗りが部分的に乾ききっていない。裏の板もまだ補修が必要だ。それでもF50のパネルは1枚完成。雨天のため、マンションには搬入はせず。明日の昼にまた様子を見、磨き、教室を夕方抜け出して仕上げを試みることにする。そろそろパワー全開だ。

2006.5.20
土曜日
永い雨からようやく晴れ間が見えてきた。自主クラブの授業中、窓外が明るくなっていくのに気づいた。そして、午後はすっかり爽やかな空になった。もっと早く晴れてくれ!
 今日は支持体製作でトラブルが起こった。ガレージの中が、長引く雨天の湿気により、板と布が部分的に内部で剥離、板の裏も捲れがひどくなった。サンダーで研磨していて、深い皹割れの様な兆候を発見。カッターで切り裂いて内部を曝した。膠液を再度充填し、再塗装することも検討したが、これから向こう1年かけてじっくり制作していく作品が、保存性に問題を抱えたままなのは重大な事態を招きそうだと考え、今回はF100は使用しないことに決めた。厳しい状況だがやむを得まい。これまで、大作用パネルは水性の塗料を処方する旨を伝えたうえで、建具屋に頼んでいた。やはりプロの仕事は違うのだと、このようなことが発覚した時に感じた。不幸中の幸いで、F50(これはほぼ完成),S50,F30は無事である。
教室は今日もにぎやか。S子は課題、バイトと格闘中、今が勝負だ!

結局、画室にある、テンペラと油による有色下地済みのF100パネルを、来年3月白日展出品作に使用することになった。これは1998年頃に業者に発注したパネルである。幾分重いが、しっかりと作ってある。結局このような巡り合わせになったのだ。明日から画室にて制作を開始だ。
2006.5.21
日曜日
とても爽やかな好天。午前中は「ダヴィンチ コード」を観に行く。画室の壁にビニルシートを画鋲で貼り付ける。大作の制作のためだ。
2006.522
月曜日
F50支持体が完成。F20パネルに布貼りをする。好天が今日も続く。
大学4年で就職活動中の子が久しぶりに教室へ来た。現役受験生も朝学から7時間目と、超ハードな学校での授業にもめげず夜も制作。私学は明確な教育方針があるものだと改めて思う。高校生の時の自分は、周りのペースを見て(これはもう、自分の将来は絵で行くしかない)と思った。だからエライなと率直に思う。頑張れ。
2006.5.23
火曜日
週始めの好天も一転し、今日は雨。ベランダで20号パネルに地塗りをするのはやめる。なるべく運動し(室内だが)、食べる量を減らし、この月の内に調子を整える。F50の石廊崎を制作開始。来週は岡崎某所で夜警のバイト。勝手知ったO君S君と交代で植木の展示場の管理室で寝泊りする。絵描き野郎ばかりでの「合宿」だ。大抵、めいめいの仕事、作品を持ち込む。相方の「許可」(!)が出たので今年も加わる。画室を整理していたら、2000〜03年頃、同行した友人がバンコクのコカで自分を撮ってくれた写真が見つかった。うん、やはりこのころの自分に戻らねば。相方は金曜日まで出張、というか修学旅行の引率だ。晩餐は鳥の照り焼きを中心に野菜がたっぷりだ。相方も最近「やばい、太った太った」を連発。彼女は学校で生徒に指摘されたのだそうだ。「あいつら失礼な奴ら」とムカついてた(笑)。
まあ、一緒にがんばろうぜ。
2006.5.24
水曜日
今日は一歩も家の外に出ず制作。ちゃんとした食事は朝食のみでいく。気持ちよく晴れた日。画室で過ごしていても気分がすこぶる良い。
 F100石廊崎の本格的な制作開始。下塗りの様子を観ながら大きく全体を探る。急いで細部を描き過ぎないようにする。本当に急ぐべき作品はまだ他にある。
2006.5.25
木曜日
東部市民センターの生徒の皆さんに、立派な観葉植物を頂いた。ありがとうございます。
O君が夜教室に現れる。「合宿」の打ち合わせがてら、彼も教室で制作をしていった。
2006.5.26
金曜日
午前はデッサンの授業に知立へ。急ぎの場合、何分で行けるかを確かめに東名で知立まで行った。豊川から伊勢湾岸の豊田南経由で50分。でも1250円。あまり意味ないかも、だ。
午後は市民センターの自主クラブ。南公園で写生。ひんやりとした空気が心地よかったが、途中から雨になる。夕方は肌寒いくらいになった。相方が修学旅行より帰宅。前から気になっていた近所の餃子屋へ。修学旅行のことなどをいろいろ話を聞く。
2006.5.27
土曜日
ひんやりとした日が続く。今日も曇り。夕方から風が強くなる。中学生のS君が中間テストを終え、石膏デッサンを続ける。少しのアドバイスを飲み込みが早く自分のものにし、どんどん絵が変わっていくのが観てて分かる。
夜は受験生のAさん、そして後輩のK君が教室を訪ねてくる。
2006.5.28
日曜日
午前中は近くの豊川市の体育館と公園にて、おいでん祭りというのをやっていて、賑わっていた。屋台で焼き鳥、広島風オムそば、稲荷寿司を買い、まったりと昼食。午後に相方の友人2人が尋ねて来る。「日曜の夕食は外で」という希望で、近所の居酒屋へ。その後8月の旅行の予約に行く。夜は小屋でO君と合流し、「合宿」の始まり。名古屋の日動でのグループ展に向けて制作。
2006.529
月曜日
朝は岡崎市内の某公園で起床。教室で遅くまで制作と指導。学生のO君、社会人のW君。F50の構図を探る。次はそろそろ20号に取り掛からねば。
2006.5.30
火曜日
快晴の朝。一度マンションに戻り朝食、洗濯など。
2006.5.31
水曜日
今夜も小屋で制作。
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